中越地震 16.10.23.17:56 川口町 マグニチュード 6.8 深さ 13q 最大震度 7  

震 度 6

 その瞬間は台所に居た。体が吹っ飛ばされそうになる。歩く事はもちろん這っても進めない。しゃがんで柱にしがみ付く。Mちゃんの叫び声が聞こえる。(私は台湾旅行中、内のの姉が孫のMちゃん小2と泊まりに来ておりしも風呂に入っていた!)突き上げるような揺れ、モルタルの大きな破片が横っ飛びにぶつかる。ガラスや食器の割れる音が家中に響く。すぐ隣の風呂場に行こうとするが、戸棚が倒れていて台所から出れない。ようやくドアを開け外に出て玄関から入ろうとすが鍵がしてある。風呂場の窓を開けようとするが開かない。戻って廊下の懐中電灯の在り処を姉に伝える。倒れた家具を潜り破片を踏んで、暗がりの中孫に服を着せ上着を引っ掛けた姉と玄関から外に出た。その瞬間ドドッと2回目の揺れが来た。
 裏の旦那が道路に敷いたござに近所の人6,7人と避難する。大きな揺れが連続し肩を組んでいないと転げて飛ばされてしまう。一瞬西の空が青白く光り、続いて東の空が光る。空の中程から白く光る火の玉が数個地表近くまで流れ落ちる。建物も樹木もこの世の終わりのように上下左右に物凄い形相で揺れている。誰もが家が潰れると思った。そんな中に防災無線「広報かしわざき」から震度4と放送が流れ「これが震度4か!」と皆が呆れ憤慨した。少し治まったかと思うとまた大きな揺れが襲う。その夜は皆が農道に止めた車で寝る。連続する余震に絶えずガタガタと飛び跳ねる車で、眠れない恐怖の一夜を送った。
 ようやく余震が治まった未明、一晩中心配していたミー・モーを見に家に行く。見るとサッシ戸が少し開いている。外から呼ぶと塀の方で「うわぁわぁ!」とモーが答え、冬囲材小屋からミーが後からモーが走ってきた。一晩中この小屋に避難していたのだろうか?よく何処へも行かなかったと抱き締める。平屋の寝室に入れ食事と水を用意し戸締りを確認する。その後も大きな揺れがあり殆ど外に避難夜は車の中で寝た。誰も大きな怪我をしなかったのが奇跡だ。その時のことを思い出すと今でも気分が悪くなると言う。(
内のの話から 16.11.20記

震度4の広報は市ネットの広報記録には5弱とあり報道関係も5弱になっていた。ただ記録の時刻が17:52(地震発生は17:56)とあるのが理解できない。
・小千谷から私の町内は20k柏崎の地震計は27k、町内の震度は体験談と被害実態から6弱と判断できる。
(中越沖地震を実体験して震度6強に判断修正)
・近隣の本震の震度は、小国町6強、刈羽村6弱、出雲崎町5強、遠隔の弥彦村5弱などとなっている。
・柏崎の震度は震度分布図からも近隣地域より殆どの場合1低い。近くの消防署(小千谷から25k)の地震計の方が1位高いことが多いという。
・気象庁の地震情報に柏崎がかなりの間載らなかった。原因は「県震度情報ネットワークシステムでは、112の観測点のうち、震度の大きさや地震波の到達順に自動的に18箇所が第1順位でテレビに表示される。市の震度や地震波の到達順位が他の観測点より小さかったり遅かったりしたため表示されなかった(市広報)」「震度は自動的に新潟気象台に送られ、気象台はグループごとにまとめ、早いグループから報道関係へ送る。柏崎は観測場所を移動したため後のグループに入っている」「県が収集し気象庁へ送る。県の第一段階の集約は18地点まで、震度の大きさ、地震波の到達順となっており、柏崎の場合は第一段階の集約に漏れることが多い」「揺れの終わりが遅い地域の震度が、第一報に入らない県の地域情報ネットワークシステム」「震源地から遠かったため、柏崎市は地震の揺れが遅かった」などと説明されている。ならば、当初全く表示されなかったのは何故か(大きな余震が続いたためと言うが)隣の刈羽村、小国町、高柳町、柿崎町や新潟はじめ遠隔の地点が速報されても柏崎は載らない、あるいは遅れるのは何故か。

 広報される柏崎の震度は実際より1程度低いと判断している。揺れ過ぎるので設置場所を移したと聞いた覚えもある。市街地より震源に近い当町内は地盤の関係もあろうが、震源の震度から1引いた値が実際の状況と一致する。例えば27日の震度6弱の余震は、近隣の小国町5強、刈羽5弱、出雲崎町5弱、遠隔の上越市5弱などで、町内も5弱と判断されるが市の広報は4だった。地震計の設置場所、最新式の地震計、通報システム、気象庁直結など、世界最大原発所在地としても早急な検討改善が求められる。原発設置地震計の震度の広報も必要だ。
 地震発生時海外に居て電話は通じずNHK海外BSで情報を得ようとしたが、柏崎の震度情報は一切流れなかった。唯一の報道は「原発は正常どおり運転している」だった。家屋などの大被害は一部周辺地域に限られているためか、柏崎市の災害状況は私の見る限り今も報道されていない。原発を抱える刈羽村の被害状況も同じである。今も不通の信越線市内越後広田駅近くの路盤の崩落や陸橋の損傷も、新幹線事故に隠れてか地方の故か殆ど報道されていない。非常時にはテレビ新聞の情報が頼りになる。同じ市内に居ても実情を知らない、県外はなおさらだ。周辺局地も含めた情報の提供を被害の程度に関わらず有無を含めてして欲しい。
(このことは市当局、複数の報道関係に要望した)

  本震並の余震の連続
23日震度5以上
その後
震度
24 5強
25 5弱
25 5強
27 6弱
5強
5強
31日まで  このように本震に続いて大きな余震が
連続する例は極少ないという。中越地震
では震源となった断層が少なくとも4つ
あることがわかった。本震で地下に複数
の断層ができたと考えられ、これらによっ
て活発で大きな余震活動が続いている。
 この地域は信濃川地震帯と呼ばれ、
活断層がたくさんあり地殻の歪みが集中
している。これは、ユーラシアプレートと
北米プレートが互いに押し合い、その境界
が日本海東縁から信濃川に沿って続いて
いるため。今度の地震も片方の地盤がもう
片方に乗り上げる形でずれる「逆断層型」
この長岡から長野にかけての地域は、これ
まで大きな地震が発生してない「空白域」
だった。(地震予知連絡会他資料参照) 
時刻 震度 M 震度 回数
17:56 6.8 304
17:59 5強 5.3 173
18:03 5強 6.3 78
18:07 5強 5.7 30
18:11 6強 6.0 5弱  4
18:34 6強 6.5 5強  6
18:36 5弱 5.1 6弱  2
18:57 5強 5.3 6強  2
19:36 5弱 5.3  1
19:45 6弱 5.7 600
19:48 5弱 4.4
 
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